大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福井地方裁判所 昭和48年(わ)285号 判決

主文

被告人を懲役一年四月に処する。

未決勾留日数中、三〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は常習として、

(一)  昭和四八年九月一九日午後三時ごろ、福井市田原二丁目二八の一七福井荘アパートさくら二号室において、中村智こと中村武弘(当四一才)に対し些細なことに腹を立て、やにわに手拳で同人の顔面を数回殴打する暴行を加え、

(二)  同日午後四時ごろから午後五時ごろまでの間、右中村に対し前同所において丸椅子で頭部を、同所から同市順化一丁目一七の一二所在日の丸ビル内キャバレー・ラスベガスに向う途中のタクシー内において手拳で顔面を、及び右ラスベガスの従業員更衣室において手拳で頭部及び顔面を、それぞれ数回殴打する暴行を加え、

(三)  同日午後五時ごろ、右ラスベガスの従業員更衣室において同店店長松原秀雄(当三〇才)に対し、「中村をやめさせろ。いうことを聞かないと毎日若い者を連れてきて、店は絶対やらさん。店をめちゃめちゃに壊してしまうぞ。」などと申し向け、同店の営業に妨害を加えかねない勢威を示して脅迫した。

(証拠の標目)≪省略≫

(累犯となる前科)

被告人は、昭和四三年四月三〇日福井地方裁判所大野支部において傷害、賭博開張図利罪により懲役六月の刑の言渡を受け、同年一一月一日右刑の執行を受け終ったものでこの事実は、前科調書により認める。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、包括して暴力行為等処罰に関する法律一条の三、刑法二〇八条(判示(一)、(二)につき)、二二二条一項(判示(三)につき)に該当するところ、被告人には前示前科があるので、同法五六条、五七条により累犯の加重をした刑期範囲内で、被告人を懲役一年四月に処することとし、刑法二一条を適用して、未決勾留日数のうち三〇日を右刑に算入し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

(一)  弁護人は、「被告人は本件犯行当時、多量の睡眠薬を服用していたため心神耗弱の状態にあった」旨主張する。しかしながら、被告人及び証人中村智こと中村武弘の当公判廷における各供述によれば、被告人は右中村の「出て行け」という言葉を自分に対するものと思い立腹して同人を手拳で数回殴打したところ、その場に居合せた高野悦子らから、右の言葉は被告人に対して言われたものではないとの説明を受け納得し、暴行を一旦止めるという合理的判断をなし得る状態であり、またラスベガスにゆく際衣服を改めるほどの落ち着きもあり、更には睡眠薬服用後数時間の睡眠後の犯行であること等を総合して考えると、当時被告人は事の理非曲直を弁別する能力を著しく欠いていたものとは認められないから、右の主張は理由がない。

(二)  弁護人は、「被告人への現行犯逮捕は、犯行後相当の時間が経過し、被告人を現行犯人と目しうる状況でなかったうえ、現場に急行した警察官が、被告人に対し現行犯逮捕する旨を告げることなく、単に警察への任意同行を求め、同人がそれに応じたのにすぎないのに、それを現行犯逮捕とした違法があり、したがって、それに引き続く逮捕及び勾留中の被告人の司法警察員及び検察官に対する供述調書は、違法な手続により集収されたものであるから、証拠能力を有せず、有罪認定の証拠となし得ない。」旨主張するので、この点につき判断する。

≪証拠省略≫によると午後五時五分ごろにキャバレー・ラスベガスの店長松原秀雄から通報を受けた福井警察署勤務の警察官堀江憲雄ほか一名は、右通報から一〇分ないし二〇分後の五時二〇分ころに右ラスベガスに到着したが、その際被告人は、右ラスベガス更衣室で大声を張り上げており、被害者の中村智こと中村武弘も頬を押えていたこと、更に右堀江らは、松原から中村が被告人から暴行を受けた旨告げられ、被告人自身も、中村を殴打したことを自認したことが認められる。右の事実によれば、右堀江らが犯行現場である右更衣室に到着した当時の被告人及び被害者の態度、目撃者の証言等から、暴行罪に当る事実を認め得たのであるから被告人は、現に罪を行い終った者としての現行犯人にあたることは明らかである。ところで、前掲証拠によれば、堀江らは、被告人が、ラスベガスの更衣室から出ようとした際その身体を押えて、これを阻止したが、同人がおとなしくなったので、ことさら手錠を用いることなくパトロール・カーで福井警察署に連行したことが認められるけれども、現状犯逮捕は、現行犯たる要件を具備する者の身体の自由を拘束し、逮捕者の支配下におく事実があれば足りるものというべきであるから、必ずしも手錠を必要としないことはいうまでもなく、又法律上、被逮捕者に対し「現行犯で逮捕する」旨を告げることは要求されていないから、かりに堀江らが、被告人に対し、その旨を告げなかったとしても、その逮捕が違法となるわけでないことも明らかである。したがって、逮捕手続の違法な点を前提とする弁護人の主張は、すべて失当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 橋本享典)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例